17.適格年金の移換先としての生命保険
適格年金の移換先として使える生命保険は、一言でいえば、高い損金性(できれば全額損金可能な保険がベスト)と高い解約返戻率につきます。
その意味で、ガン保険や長期傷害保険は、もちろん候補の一つということになりましょう。ただ会社の状況次第ということで、全ての企業の、問題解決となり得るかどうかは、検証の必要があります。ここでもう一度、現在企業が採用している「税制適格年金制度」のかかえる問題の解決手法について、検討してみたいと思います。この制度はもはや役割を終え、2012年3月末には廃止され、税制上の優遇措置(掛金の全額損金計上や運用益課税の優遇など)がなくなり、外部積立てメリットがなくなります。企業としては、そのタイムリミットまでに、他の年金制度に移行するか、適年の廃止といったことが決まっています。どの仕組みを導入するにしろ、一長一短あるなかで、なかなかこれはという道筋が立てられないという声が、よく聞かれます。
いわゆる日本版401kへの移行も話題にはなっていますが、今のような金利水準では、社員が納得して401kを選択するだろうかという、疑問が湧いてきます。今まで金融商品でリスクを取って何かをしてきたという、そんなライフスタイルではなかった従業員が、将来の年金という虎の子をそんな世界で運用できかどうか、ということを考えると、疑問に思う経営者も多いことでしょう。
日本版401kをすでに導入している企業もありますが、日本の制度としてメジャーになりうるかどうか今ひとつ疑問です。というのは、401kは今のままでは泣き所があるからです。つまり401kの支給条件として60歳以上の「老齢」ということが挙げられるにもかかわらず、退職金制度では中途退職時にも退職金を出す規程になっている企業が多いはずです。これでは、中途退職者の為の退職金準備は401kとは別に必要になるという、二重の退職金制度につながるおそれがあります。分かりやすく言いますと、中途退職者に退職金を出すという制度がある以上、401kだけでは対応できないという矛盾なのです。例えばこれが適格年金であれば、支給条件が「老齢」ではなく「退職」ですから、途中退職であろうが定年退職であろうが両方に対応できたわけですが、401kではそれができません。つまり401kでは途中退職の社員には退職一時金が出ないということです。給付要件が60歳になったときということですので、退職した社員が他の会社に持っていくことが原則です。転職先にその制度がない場合は、個人型の401kで運用することになります。それを退職金だと会社が言っても、社員がどう思うか、このあたりがこの制度の泣き所といってもいいでしょう。
このような状態では、なかなか難しい問題が発生します。当然退職金がないと、社員は満足しないと思います。そこでより着実なところで、たとえば一定の損金算入が認められる「税制の恩典」をしっかり享受できるとか、ある一定の運用は「最低保証」されるとか、なにかしらそういった安定的なものが必要な気がします。と同時に二重の退職金準備をしなくても良い、「退職」を支払条件とする制度が望まれます。それには運用差を企業が補填する必要のない「確定拠出型」の制度が、本当はいいわけです。将来会社が補填するなどという長期不確定債務を抱え込むのは、健全な会社運営のためにはなんとしてでも避けたいところです。
そんななか中堅企業向けで、最近この適格退職年金制度の移行先として、改めて中退共が見直されています。この制度も、確定拠出型年金制度そのものですので、企業にとって将来の運用未達成時の債務を抱え込む心配がありません。社員にとっては、中退共の運用実績次第ということになりますので、自分の退職金を、全く人任せにしてしまうといった話になってしまいますが、401kよりは運用リスクがないですし、退職時点では一時金を受取ることが可能です。企業にしてみれば、確定給付型年金は不確定要素強くて、とても今後の退職金制度としては考え難いのではないかと思います。さらに中退共の掛け金は全額損金で落とせますから、そのあたりは、やはり魅力的です。
全額費用化できて、運用リスクも会社が抱え込まないでいいというのは、企業にとっては魅力を感じて当然です。このように中小企業にとって、中退共は非常に使い勝手の良いものですが、メリットばかりではありません。いったん拠出したものは、すべて会社の手を離れてしまいますので、将来の会社の資金調達手段に中退共の資金を使うことは全くできないうえに、仮に不祥事でクビにした社員であっても、その退職金相当額を差し押さえるといったこともできません。さらに中退共自体の独立行政法人としての「運用母体としてのリスク」をどう見るか、という問題もぬぐいきれません。中退共は使い勝手がいいのだけど、運用という点では、ほとんど利息がつかないようなひどい状況です。とはいえ、他になにかあるかといっても税制メリット等を考慮すると、なかなか他にはいいのが見つかりません。
そこで養老保険のような民間会社の年金の導入ということですが、これまた運用面で問題ありです。他の保険種類でいくとしましても、多少運用が良くても、全額資産計上というプランでは、税制上のメリットは全くなく、意味がありません。あえて、有期の変額保険(例えば各人60歳満期とする)を活用して半損経理の税務メリットと金利の流動化を図るプランはあるようですが、それにしても、低金利が続くとなると、元本割れのリスクは常に付きまといますし、養老タイプの保険だけでは、なかなかこれはというプランはないといえましょう。
民間の保険を活用して退職金制度にうまく合わせる為には次のような要素が必要かと思われます。(1)高い損金性があり、税務メリットが得られる
(2)一種の福利厚生プランにしておいて、保険の適用される病気事故が発生した場合は、保障効果も発揮できる
(3)将来かなりの高率で解約返戻金が出てくるとことにより、退職給与引当金としての意味合いがある
(4)任意に解約ができ、会社が資金を有効に生かせる
(5)イザという時にその保険から借入れを起こし、会社の資金ニーズに応えられる
といったことが実現できれば、退職金プランであるとともに、財務リスク回避プランとしての性格も併せ持つことが可能となります。
つまり社員の福利厚生制度と退職金準備が同時にできるプランです。更に、イザというときのために、いわゆる資金および利益の最後の砦としての役割も果たせます。それにはいくつか種類がありますが、民間保険ということですから、コンセプトは退職金に充当できる為のきちんとした資金のプール(解約返戻金)と、病気事故への備え(福利厚生制度)です。ある保険種類では、若い人が加入した場合、解約返戻金のピークが100%を越えるというシミュレーション結果もあり、まさに退職引当金として機能します。しかも名目は保険料で経費処理できるのですから、企業にとってのメリットは計り知れません。その詳しい保障内容ですが、それについては各企業の考えに基づくプランの策定が必要ですので、それを明確にした上でのプランニングが必要です。具体的な保険種類は、全額損金処理可能な、「終身ガン保険」か「長期傷害保険」が適していると思います。
ここでもう一度整理すると、適格年金の移行先としては、
【1】 確定給付型年金
(1) 確定給付企業年金(規約型、基金型)
(2) 厚生年金基金
【2】 確定拠出型年金
(1) 401k
(2) 中小企業退職金共済
【3】 その他
(1) 内部留保(退職時の支出)
(2) 民間生保の活用(養老保険 終身ガン保険 終身傷害保険)
といったものが考えられます。それぞれの特徴について簡単にお話したいと思い ます。
まず、【1】確定給付型の規約型年金制度ですが、これは現在の適格年金をより強化したものです。今までの税制の適格要件を備えた退職一時金・年金という性格から、公的年金の上乗せ機能を持つ確定給付型の企業年金として、事業主に積み立て不足を解消する義務を課しています。これでは企業が導入するメリットはないといえましょう。
【2】(1)の401kですが、これはとりあえず、現在の適格年金の積立残高を解約なしに移転できる仕組みになっていますので、検討の余地はあります。積立て不足がある場合でも、移行することは可能ですが、従業員への対策が必要になります。問題として残るのは、支給要件が「老齢」のため中途退職の場合の退職金をどう準備するのかという「二重払い」の問題をどうするか、という点と、従業員の個々の運用次第で年金の給付水準が決まってしまうという問題ではないかと思います。この問題をクリアするのは現状ではかなり大きな障害がありそうです。
【2】(2)の中退共についても、移行がしやすいと思われます。従来は中退共の月額掛け金の120ヶ月までは、そのままスライドさせることができました。それでも適格年金に残高が解消できない場合、それは従業員に返還することになっていましたが、そういった制約もなくなりましたので、適格年金の残高の引き取り全てが、移換可能であるという点から、かなりメリットがあると思われます。
【3】(1)内部留保で退職金を準備するやり方ですが、これは結局なにも事前の手は打たないで、退職時にその期の利益の中から退職金を払うか、それまでに利益を出し、法人税を払った残りの内部留保から払うかということになり、極めて不安定な退職金の出し方となります。ある意味では、将来見込まれる債務に対し、全く資金と利益を用意しない方法ともいえるわけで、下手をすると退職金倒産も免れないことになります。
【3】(2)の民間生保の利用ですが、これは繰り返しになりますが、外部拠出であること、損金メリットが得られること、資金のコントロールが用意であること等の導入のしやすさがあります。
このようにそれぞれに一長一短があります。従業員の退職金問題は、その資金をどうやってプールするかということとに加え、賃金連動型でいった場合、永遠勤続者の退職金の額が増加してしまうことや、将来支払う額が確定できないことの大きな問題を抱えているので、まずこれを解消しなければなりません。
つまり問題の所在は、「退職金制度そのものにある」ということをまず認識する必要があります。この際退職金制度の見直しと適格年金の移行措置とを同じ土俵で検討していってはいかがでしょうか。今のような低成長下でこのまま退職金制度を維持していくのは、限界ではないかと思う企業も多く、その場合退職金制度を企業の体力との見合いで再度構築することが課題になっています。今盛んにいわれているポイント制の導入も当然俎上に上がってくるものと思われます。
退職金は法律で出さなければいけないと決まってものではありません。しかし就業規則にその制度ありと記載してある以上、それは労働債務となり、企業の責任が発生します。よくいう「見えざる借金」そのものです。だからといって、一方的に退職金制度を廃止したり、その額を減額するのは、「不利益変更」となり労働法上、違法行為となります。それゆえに企業としても、きちんとした対応を迫られるわけです。あくまで、将来債務としての退職金問題は、企業にとって財務的なリスクにつながりますので、企業がそのリスクをコントロールできること、つまり将来発生するであろう退職金の資金の手当てや、その額の適正化、制度導入における税制上のメリットの確保を検討せねばなりません。それらのアプローチは、(1)現状の分析 (2)移行プランの比較検討 (3)利益計画・資金計画との連動 (4)あるべき退職金制度の設定 (5)新退職金制度の導入 といったステップを踏みますが、それぞれに専門家の知恵が必要になるかもしれません。そのあたりは、社会保険労務士、税理士、保険コンサルタントなどの総合的サポートがあるといいのですが。
当然、現在の制度移換のシミュレーションも必要です。その際に必要なことは、現在の適格年金の積立残高を、どのように新制度に移すか、その際不足があった場合一括償却するのかどうか、または逆に限度額オーバーで従業員に戻す額があるのかどうか、といったことをまず数値で把握する必要があります。その上で、退職金制度そのものを再構築され、保険でいったいどれくらいの退職金を積み上げるかといったステップを踏むのが順当なやり方です。
シミュレーションに必要な資料は以下の通りです。 「企業年金制度設計報告書(財政再計算時)」「年金試算等報告書」「決算報告書」 「予定利率の変更通知」といった書類をまず取り付けることから始まります。これによって、おそらく積立てが不足していることが分かりますので、どの制度へ移すべきかの具体的な指標が明確になると思います。 ヒトの問題はまさに経営マターそのものであって、経営者自らがその方向性をジャッジしなければ何も変わりません。
経営者は、営業的な面を第一に、日常にどうしても埋没してしまいますので、2012年というタイムリミットが先にあるものに対しての意識が、どうじても希薄になりがちです。しかし、企業の経営資源が、ヒト、モノ、カネ、情報と言うように、人の問題は最も重要です。そしてそれは長期的な見地に立てば、お金の問題でもあります。税制適格年金の移換はその意味でも、経営的には最優先課題のひとつです。
中小企業は、いかに環境の変化に人よりいち早く対応するか、が生き残れるかどうかの分れ目です。その意味でも、どんどん積極的に情報を数多く入手して、大胆に取捨選択していかなければいけないわけです。保険化もその選択の大いなるひとつです。